あとがき

 「ひとり」のピアニストがいました。オーケストラの演奏を外から眺め、孤独感を覚えたピアニストは、自分が「ひとり」であることに向き合うこととなります。その感覚は、「みんな」と一緒に音楽をすれば消えるだろうと思っていましたが、そうではありませんでした。

 「みんな」と一緒に演奏していても、自分の考えややりたいことが伝わらず、また気持ちが沈みます。「みんな」と一緒にいるだけでは克服されない孤独があることを、ピアニストは知るのです。

 やがて自問自答を通して、ピアニスト自身の内面では、周囲との関係の見え方が変わります。音楽を介した対話の中で、「ひとり」と「みんな」の、どちらも肯定できるようになるのでした。

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 舞台の上でピアニストが感じていた孤独は、特別なものではない。楽器を奏でる人は言わずもがな、そうでないすべての人が、その孤独に覚えがあるはずである。街の中で、家族と過ごす家の中で、友人たちと一緒にいるときでさえ、誰かと一緒にいるのに、孤独を感じる瞬間はないだろうか。そして不思議なことに、「みんなと一緒に居たい」「ひとりになりたい」という感情は、心の中で矛盾なく共に存在している。

 詩人・谷川俊太郎氏は「孤独を感じることは?」という問いに対し、「孤独は前提でしょう」と答えたという。私たちは生まれながらにして孤独を抱えていて、ときにそこから逃げ出したり、ときに見つめ合ったりする。

 「ひとりでも みんなでも」。今回、みんなのオーケストラは、言葉・音・色などの組み合わせによって、いくつかのメッセージを伝えることに挑戦した。そのひとつが「孤独と共存する生き方」。誰かと一緒にハーモニーを作りたいときもあれば、自分ひとりの音に耳を澄ませたいときもある。アンサンブルは多様な音の重なりを生み出すが、その中には必ず個としての響きがある。舞台上の一音一音が、「ひとり」と「みんな」を同時に体現している。

 誰かのために生きたいときもあるし、自分と時間をかけて向き合いたいときもある。そんなふうに揺れる自分をまるごと肯定する生き方や、孤独を抱えたまま響き合う音楽の奥行きを、振り返って感じていただけると嬉しいです。

 「ひとり」と「みんな」は相補うもの。ひとりでいることは自己を見つめる力を与え、みんなといることは他者と響き合う可能性をひらく。音楽がソロとアンサンブルを行き来しながら流れるように、人生もまた「ひとり」と「みんな」を往復する旅である。私たちはその両方を抱えながら生きていく。

みんなのオーケストラ 2025.9.21

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